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広島高等裁判所 昭和42年(行ス)2号 決定

抗告人(被申請人) 広島陸運局長

相手方(申請人) 庚午タクシー有限会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の本件申立を却下する。」旨の裁判を求めた。その理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

本件記録によれば、相手方が免許を得て一般乗用旅客自動車事業を主たる目的として設立された有限会社であること、抗告人が、昭和四二年九月一二日付書面をもつて相手方会社に道路運送法第三六条第一項違反の事実があるとして、同法第四三条の規定により、相手方会社に対し、右免許を取り消す旨の処分をなし、同日相手方会社に右処分書を交付したこと、相手方会社が昭和四二年九月一三日運輸大臣に対し右処分について審査請求をなしたが、まだ、その裁決を経ていないこと、相手方会社が広島地方裁判所に右免許取消処分の取消しを求める旨の訴えを提起するとともに(同庁昭和四二年(行ウ)第二九号事件)、これを本案として、右免許取消処分の執行停止を求める旨の申立をしたことが明らかである。

そこで、相手方会社の右執行停止の申立が理由があるかどうかについて判断する。

行政事件訴訟法第二五条によれば、処分の執行を停止することができるのは、処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分によつて生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合であり、且つ、その停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、または、本案について理由がないとみえるときに該当しない場合である。

元来、免許取消処分の取消しの訴えについては、道路運送法第一二一条、第四三条の規定によれば、運輸大臣に対して審査請求をし、その裁決を経た後でなければ提起することができないことになつているけれども、本件の場合、相手方会社としては、本件免許取消処分によつてその主たる目的とする事業を法律上なすことができなくなるため、同会社の経営上甚大な支障を来たし、著しい損害を蒙るおそれがあるものというべきであり、右事由は、行政事件訴訟法第八条第二項第二号に該当するものと認めるのが相当である。したがつて、相手方会社が審査請求に対する裁決を経ないで前記本案訴訟を提起したのは、適法であるといわねばならない。

次に、相手方会社が本件免許取消処分に対して審査請求をしたことは、前記のとおりであるが、もともと、審査請求は、処分の執行を妨げないから、相手方会社としては、本件免許取消処分に対して審査請求をしただけで、これをそのままにしておいたのでは、右処分により前記のような損害を蒙るおそれがあり、若し、そうなれば、たとえ、相手方会社において後日勝訴判決を得たとしても、もはや、原状回復は事実上不可能であるばかりでなく、金銭をもつてしても容易に償い得ないことを予想することができる。このような場合は、いわゆる回復の困難な損害を避けるため、本件免許取消処分の執行停止を求める緊急の必要がある場合に該当するものと解すべきである。

次に、本件記録を精査するに、必ずしも抗告人主張のような名義貸の事実について疏明が尽されているとはいえないし、本件免許取消処分の執行を停止することが別段公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを認めるに足りる資料はない。

また、たとえ、本件免許取消処分が裁量行為であるとしても、その事実上の基礎を欠き、若しくは、その裁量の限界を超えていることについて疑いがないわけではなく、右処分の取消しを求める本案について理由がないとみえる事情を認め得る資料も十分でない。

そうしてみると、相手方会社が本件免許取消処分の執行停止を求める申立は、理由があるといえるから、これを認容した原決定は、その結論において相当であつて、本件抗告は、理由がなく、棄却を免れない。

よつて、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 柚木淳 浜田治 竹村寿)

(別紙)

抗告状

行政処分執行停止決定に対する抗告事件

右当事者間の広島地方裁判所昭和四二年(行ク)第四号行政処分執行停止申請事件について、同裁判所は昭和四二年一〇月一八日左記のような決定をなし、右決定は同日送達されたが、不服であるから即時抗告をする。

原決定の表示

主文

被申請人が昭和四二年九月一二日付をもつて申請人に対してなした一般乗用旅客自動車運送事業免許の取消処分の執行は右処分取消しの本案判決が確定するまでこれを停止する。

理  由〈省略〉

抗告の趣旨

原決定を取消す

被抗告人の本件申請はこれを却下する旨の決定を求める。

抗告の理由

一、本件処分の効力につき被抗告人に「回復の困難な損害」の存しないことについて

原決定は、本件処分はその性質上被抗告人会社の存立を奪うものであるから、右処分の執行によりうける損害は回復困難であるとされている。行訴法二五条二項にいう「回復の困難な損害」とは、ふえんするまでもなく、社会通念上回復が容易でないとみられる程度の損害の趣旨であるが、この損害の判断は、結局のところ、具体的事件においては、被抗告人が本件処分の執行停止によつて受くべき個人的利益(免れる損害)と、本件処分の執行不停止によつて守られる公共の福祉との比較衡量において、後者を犠牲としてもなお救済に値いする程度の損害であるかどうかによつて相対的にきめられるべきものである(杉本良吉「行政事件訴訟法の解説」八八頁、中村治朗「執行停止」ジユリスト行政判例百選二一五頁参照)。

ところで、原判決の見解のように被抗告人の個人的利益だけに着目すると、その存立を奪うような重い行政処分が行なわれた場合には、処分が重いものであればそれだけ多分に回復困難な緊急の必要性があることになり執行停止が広く認められることになつてしまい、当該行政処分が重いものであればそれだけ強力に早急に守ることを必要とする公共の福祉が全く無視されてしまうことになり、その見解の失当なことについては多言を要しないであろう。執行停止の要件として必要とされる緊急の必要性は、具体的事情の下において、被抗告人の個人的損害と公共的福祉との比較衡量によつて相対的にきめられるべきものであり、本件において守られるべきその公共の福祉(自動車運送事業の適正安全な運営と道路運送に関する秩序の確立)の重大なことについては三項において詳述するとおりであるが、本件処分は当該公共の福祉を守るために決断されたものであり、そして、本件処分によつてはじめて当該公共の福祉の維持を期しうるといえるものである。

また、本件処分によつて被抗告人が損害を蒙るとしても、被抗告人は、その名義で自動車運送事業の免許を受けたものの、自ら自動車運送事業を行なつておらず、その名義をすべて申請外紙屋町タクシー株式会社(以下申請外会社という)に利用させていたのであり、その事業の損益は被抗告人に帰属せずすべて申請外会社に帰属していたもの(道路運送法三六条一項違反)であるから、被抗告人には損害の発生する余地は存しない(疎乙第一、第二の一、二、第四、第五、第八号証参照)。

なお、緊急の必要性は、被抗告人自体において生ずることを要し、第三者の蒙る損害をいうものでないことについては、すでに昭和四二年九月二六日付意見書において述べたとおりである。

二、本件処分が適法な裁量行為であつて、本案について理由がないとみえることについて

原決定は、被抗告人が道路運送法三六条一項の名義貸の違反事実があること、同法四三条による違反事実に対する処分の選択が抗告人の裁量処分であることを肯定しながら、本件処分の適否は、本案において審理を尽したうえでその適否が決せられるべきであり、現段階ではにわかにその帰すうを判定しがたいから、本案につき理由がないとみえるときには当らないとされている。

ところで、行政庁の裁量行為に対しては、裁量権のゆ越もしくは濫用があつた場合に限り裁判所はその処分を取消すことができるにすぎないところ(行訴法三〇条)、抗告人は、本件処分については、前示違反事実が道路運送法三六条一項に該るとして同法四三条にもとづき本件処分を行なつたものであり、同条の定めるいずれの種類の処分を選択するかは、行政上の責任を負う抗告人の広い裁量に属すべき事項である。本件処分につき、道路運送法三六条一項違反の要件事実(違反事実)に該当することについて疎明があり、そして同法四三条所定の範囲内で処分がなされている。

以上、本件処分が裁量行為として一応適法であることは明らかであり、従つて、本案について理由のないことは明らかであるというべきである。

そもそも、行政訴訟制度は、裁判を通じて行政の法適合性を保障しようとするものであるが、行政は諸般の状況に対処し、過去だけでなく将来をも見通して弾力的に運営しなければ公益目的を実現できないものであるため、行政訴訟において裁判所の審査を受ける範囲もおのずから限界があり、法規のうえで行政庁の合理的判断に委されている事項については裁判所の審査権が及ばないものというべきである。免許の取消処分についていえば、処分が全く事実の基礎を欠くものであるかどうか、また、処分が法律所定の種類または範囲内のものであるかどうかについては、裁判所の審査権が及ぶというべきであるが、処分内容の量定(処分の内容の種類の選択の適否、程度の適否)については、もともと裁判所は行政処分も行ないうる立場になく量定不当であるかどうかを決すべき基準を自ら画することができないのであるから、処分内容が社会観念上著しく妥当を欠いているときだけ裁判所の審査権が及ぶものというべきである(最高裁昭和二九年七月三〇日判決、民集八巻七号一四六三頁、同昭和三二年五月一〇日判決、民集一一巻五号六九九頁、大阪地裁昭和三九年一一月二〇日判決、訟務月報一一巻二号二八七頁等参照)。刑事裁判の上級審では、上級審において刑罰の量定権限があり、また、量刑不当と判断する場合には量刑の変更(量刑の増減)を行ないうる権限があるので、量定についても当然に審査権が及ぶのであるが、これと比較してみて、行政訴訟における裁判所は、行政処分の量定の適否を判断する基準を画定しうる立場になくまた量定の変更(免許の取消処分を不当として、事業停止処分に変更すること、また、一五〇日間の事業停止処分を不当として一〇〇日間の事業停止処分に変更すること)をしえないのであるから、単に行政処分の量定が不当であるからといつて裁判所の審査権が及ぶものでなく、その量定が社会観念上著しく妥当を欠いているときだけ裁判所の審査権が及ぶものというべきである。

本件処分について、事実の基礎を欠くものでないことは原決定の判示どおり疎明が尽されており、また、処分が法律所定の種類および範囲内のものであることは明らかであり、その量定が社会観念上著しく妥当を欠くもので決してないことは、従前の処分事例(疎乙第九号証中の有限会社中国急行の例。なお、同証中の大石勲、有限会社まるき運送の例は、所有車両の全部の名義貸でなく、一部の名義貸にすぎないものである)に照してみても、また、現今の交通戦争下において自動車運送事業就中タクシー事業に対して道路運送秩序の確立を求める国民的要請に照してみても明らかであり、従つて、本案について理由がないとみえるものというべきである。

原決定が、本件処分の内容の量定につき本案について審理をしたうえで決すべきであり、本案について理由がないとみえるときに該らないと判断を下されていることには、到底承服することができない。

三、本件処分に対する執行停止が、公共の福祉に重大な影響を及ぼすことについて

原決定は、本件処分が道路運送上の安全、管理の面における瑕疵を直接に問うものでなく、名義貸の責を問うものであるから、右違反事実のある被抗告人が営業を継続したとしても公共の福祉に及ぼす影響は重大でないとされている。

すなわち、原決定によれば、道路運送上の安全、管理の面における瑕疵と名義貸とは全く関連のないものであり、前者の安全法規違反(例えば、道路運送車両法四七条違反)や管理法規違反(例えば、自動車運送事業等運輸規則二二条違反)の方が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものであり、後者の違反は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないものとされているのであるが、この見解は全く失当である。この見解は道路運送法の立法の意義および建前を理解していないものというべきである。

道路運送法は、自動車運送事業についてその強い公共的性格から免許制度を採り入れ(同法四条)、自動車運送事業を経営する者を免許を受けたものに制限してその事業主体を明確にし、このことを根幹として、その事業主体に各種の運行管理上および安全管理上の法的義務(同法一五条、一六条、一九条、二五条、二五条の二、二六条、二七条等)を負わせて道路運送行政を運用することにより、道路運送事業の適正な運営の確保、道路運送の秩序の確立をはかり、そして、公共の福祉の増進に寄与しようとするもの(同法一条)であり、免許を受けた者が自動車運送事業を営なんでいるかどうか、無免許営業かどうか、名義貸営業かどうかということは、道路運送法の運用上もつとも肝心なことであり、道路運送の運行管理および安全管理の確保(道路運送の秩序の確立)にとつてもつとも大事なことである。それで、無免許営業あるいは名義貸営業は、道路運送法の建前の基本を覆えしてしまうものであり、無免許営業あるいは名義貸営業を許容したのでは道路運送の秩序の確立ひいては公共の福祉をはかることは到底できえない。このことは、罰則においてもこの両者を最も重く処罰していること(同法一二八条)に照してみても、容易に理解をうることができよう。

本件においては、被抗告人に名義貸の事実があり、従つて、被抗告人が自ら自動車運送事業を経営せず、その名義を申請外紙屋町タクシー株式会社に自動車運送事業のため利用させていた事実については、原決定の判示どおり疎明が尽されているのであるから、本件において、執行停止によつて、免許を受けた者以外のものに自動車運送事業の経営を許容することは道路運送法の意図とする道路運送の秩序を根幹から覆えしてしまうことになり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすことが明らかというべきである。

道路運送の秩序を確立するためには、自動車運送事業について事業主体が誰であるかをまず明確にし、免許を受けた者に自動車運送事業を経営する権利義務を行使させるとともに、免許の趣旨に違反する事態を徹底的に排除することが是非ともに必要であり、そして、免許を受けた事業主体において法律に従い運行管理および安全管理を整序していることが必要であるのに、本件について被抗告人は他人に自動車運送事業をやらせ放しにしていたものであり、被抗告人自身において運行管理および安全管理を整序していないどころか全くその体制が不備なものであり、本件について執行停止が認められたのでは、公共の福祉に重大な影響を生ずることが必然である。また、本件の名義貸により、被抗告人の名義を借りて自動車運送事業を経営していた申請外紙屋町タクシー株式会社は無許可で増車九台(本件の名義貸と表裏の関係にある車両)を行なつたりまた無許可で車庫の廃止変更を行なつたりする等事業計画を無許可で変更した(道路運送法一八条違反)ほかかずかずの道路運送法および道路運送車両法の違反を犯したかどで昭和四二年九月一九日以降一五〇日間の営業停止処分に受けているものであり(疎乙第一一ないし一三号証参照)、本件において執行停止が認められ申請外紙屋町タクシー株式会社に自動車運送事業の継続が容認されることになつたのでは、公共の福祉に重大な影響が生ずることが必至である。

本件について執行停止を認めた原決定は、以上いずれの点からいつても失当であり、執行停止の状態が一日でも継続することは道路運送の秩序を基礎から覆して公共の福祉に重大な影響を与えるから、すみやかに原決定が取り消され、本件申立が却下されることを求める次第である。

(疎明方法省略)

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